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糸が切れた人形 ~ワルプルギスの夜へ~

「・・・レーゼ、このチラシは?」

その日、外出していたレーゼは帰ってくるなりそのチラシを私に見せた。
どうやら人間と契約を交わしたパートナーによる宴があるらしい。
「お前もずっとここにいるのは退屈だろう?たまには羽を伸ばしてくるといい」
私には彼が何を言っているのかわからなかった。
彼が私に気を使う?そんなことあるはずがない。
ただでさえかつての想い人である少女に酷似していることに嫌悪感を抱いているはずなのに。
だからこそ、私が人形であることを望んだはずなのに・・・
「イライザ・エリスン。お前に数日暇を与える。その間好きにしてるといい」
そう言って彼はその話題を打ち切ってしまった。

あれから数日後。宴の夜を翌日に控えた日。
彼を観察し、気になったことがあった。
これまでは自室に戻ると罪悪感に押しつぶされそうな、苦悶な表情をしていたのだがそれが最近見えない。
むしろ、最近の彼はどこか楽しそうな雰囲気を持っているのだ。
聞けば先日、彼は『でぇと』なるものをしてきたらしい。もっともそれ自体は失敗に終わったようだが。
しかし、考えてみるとその日と彼が変わり始めた日がピタリと重なるのだ。
その日、彼に何があったのかはわからない。だが、もしかすると・・・

「・・・彼の心の中の彼女がだんだん薄れてきている?」

彼の根本には常に死に別れた少女の姿がある。
完全な軍人であろうとするのも、そのために無理をして心をすり減らすのも・・・
私を人形として扱っていたのも、彼女の想いによる影響からである。
それが薄れてきたということは、とんでもない事態である。
なぜならそれは・・・彼の存在そのものが危うくなってきているからである。
たとえどんなに苦しんでいたとしても、その想いが彼をここまで持ってきたことは確かである。
その支えがなくなったとき、彼はどうしてしまうのか。
他に支えが見つかっている場合はいい、その支えが無い場合は・・・

「私が、その支えに・・・?」
とたん、また胸の奥にもやもやとした感情が芽生えた。
ここ数日、夏合宿のあの日から感じているこの感情。
一体この感情が何なのか。私にはわからない・・・
・・・同じ機晶姫に、聞いてみよう。何か答えが見つかるかもしれない。

ワルプルギスの夜は近い・・・
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夏合宿の終わり 人形、戸惑う

「・・・・・・私は、レーゼの何が気に入らなかったのだろう」

賑やかな夏合宿を終え、私とレーゼは教導団の宿舎に戻ってきた。
レーゼは今はこの部屋にはいない。少し前に外出している。
一人になった私は、帰ってくる間ずっと悩んでたことを思わず口にしていた。

あの日、彼は双眼鏡を持ち水着にエプロンを着て料理する少女たちを見ていた。
別にそのような些細なこと問題ない。問題ないはずなのだ。
なのに私は・・・・・・それに介入し、あまつさえレーゼをお玉で殴りつけていた。
彼自体は自分のしたことに責任を持っているのか私を非難したりはしなかった。
だが、わからないのはそんな行動をした自分だ。

そばにいたセラ・スアレスは、私の顔が不機嫌そうだったと言っていた。
では私はレーゼの何が気に入らなかったのだろう。
ずっと考えた。考えたが・・・・・・わからない。

私はレーゼの人形になると決めた。
それが彼のためだと思ったし、事実彼は私に感情を求めなかった。
彼が求めたのは人形。かつての恋人と姿の似た人形。
私が感情をそのまま出していれば、彼は死んだ恋人の姿に悩まされることになるであろう。
だから、私は人形になると決めた。
それなのに・・・・・・

「それなのに、なぜ私は・・・・・・」

考える。私はレーゼのした行為が気に入らなかった。
レーゼは他の女性を双眼鏡で見ていた。
・・・・・・“他の”女性を、見ていた。

「レーゼが・・・・・・私以外を見ていたから?」

わからない。わからないわからないわからないわからないわからない・・・・・・
私は、レーゼをどう思っているのだろうか・・・・・・

罪 ~女神エランダ~ 全編

――2008年 春

まだ私はやんちゃな子どもであり、「軍人であれ」という親の意思に反発していた。
外では私と同じくらいの子どもが無邪気に遊び語りあっている。
私はそんな生活に憧れていたのだ。
……その日も、父との言い合いから始まっていた。

『なぜわからん!貴様は軍人としての誇りがないのか?!』
『んなもんないよっ!何で僕だけそんなことしなきゃいけないんだよっ!』
『だまれっ!貴様は私の言うことに従っていればよいのだ!』
『ッ……親父の、ばかやろうっ!』

言い合いの末、私は家を飛び出した。
こんなことはよくあること。いずれ私は家に帰らざるをえなくなる。
この世界は小さな子どもがひとりで生きていけるほど甘くはないのだ。
だから、私は半分諦めながら街をさまよっていた。
そして公園に差し掛かった時――

――私は、女神を見た。

茶色の髪に金色の瞳。
眼鏡の中からは優しそうな表情が浮かんでいる。
小鳥と笑顔で語り合う少女の姿。
それはとても幻想的で……私は一瞬で彼女の虜となった。
これまで何度か公園に足を運んではいるが私は彼女を見たことはない。
おそらくつい最近この街に引っ越してきたのだろう。

「……あなた、鳥は好き?」
気がつけば、彼女が私に近づき訪ねてきた。
「え、あ、そのっ、僕は……」
「ふふっ、ごめんなさい。驚かせてしまったみたいね」
彼女はおそらく私と同年代であろう。それなのに私よりもずっと大人に見えた。

彼女は名を『エランダ・ファフニール』と言った。
予想通り、彼女は先日こちらに引っ越してきたばかりだったらしい。
街を散歩していた最中にこの公園にたどりつき、大好きな鳥と戯れていたらしい。

「じゃあ私。そろそろ帰らないと」
ベンチに座り、とめとない話をした後。彼女はそう言って立ち上がった。
「ぁ……そうだよね。もう帰らないと」
あの、窮屈で居心地の悪い家に帰らないとならない。
わかっていたはずなのに、この出会いが終わってしまうことが悲しくなった。
「ねぇレーゼマン君。また、会えるかな?」
そんな私の表情を見て感じ取ったのか、彼女はやさしい笑顔で聞いてきた。
――その笑顔は優しくて、神秘的で……温かかった。
「う、うん!今度……いや明日!明日またこの時間にここで会おう!約束だよ!」
「ふふっ、うん、約束」
彼女は笑いながら小指を差し出す。私も恐る恐る出すと彼女は指をからめた。
「ゆーびきーりげんまんうっそついたらはりせんぼんのーます。ゆーびきった!」
指を離すとくすくす笑いながら彼女は去っていった。
これが、私とエランダの初めての出会いである。


それから、私は何度もエランダに会った。
父親に課せられた厳しい訓練の合間を縫って会いにいった。
私が公園につくと、きまって彼女はすでにベンチに座っていた。
――楽しかった。それまで私は友達というものを持ったことはなかった。
時が流れるにつれ、彼女は私のことを『レーゼ』と呼ぶようになった。
いつしか私と彼女は友達という枠を超えた関係になっていたのだった。


――2010年
あれから2年の月日が流れた。
相変わらず父親の訓練は厳しかったが、いくらか慣れてきていた。
特に銃については思うところがあったらしく、積極的に覚えさせていた。
私はそんな父親をうんざり思いながらもエランダと会えることを考えれば苦にはならなかった。
それに明日は……特別な日なのだから。

「父上、明日休暇をいただきたいのですが」
突然そう訪ねた私を訝しげに見つめる父。
これまで、直接休暇を申し出たことは初めてであったからだ。
「休暇?……ふむ。最近は逃げることなく訓練に打ち込んでいたからな。よかろう、許可する」
「……あ、ありがとうございますっ!」
何事もなく受け入れられ、私はつい大声で返事をしてしまった。
「だが気をつけておけ。最近妙な輩がうろついているようだからな」
「妙な輩?」
「うむ、おそらく反政府ゲリラだろう。どこで襲われるかわからんのでな、注意することだ」
そんな父の言葉を、私は話半分に聞いていた。
――思えば、これこそが運命の分かれ道だったのかもしれない。

戦闘訓練の後 ~イライザの独白~

歓迎会の後。
レーゼは一人広場で空を見上げていた。
その姿はどこか儚げで、さびしそうな瞳をしていた。

「……レーゼ、どうしましたか?」
「……イライザか。お前には関係のないことだ」

そう言って私から離れる彼。
しかし、私にはわかっている。彼が今何を思っているか。


『えらん、だ……?』
彼は私と初めてあった時、私を『エランダ』と呼んだ。
のちに聞いた話では彼の恋人『だった』女性らしい。彼女がどうなってしまったのかまでは聞いてはい
ないが。
だが、彼がその名を呼んだとき。その瞳は信じられないような色をしていたのは確かだ。

『私の名はイライザ・エリスンです。助けていただき、ありがとうございました』
私はとある者に狙われていた。それを救ったのが彼、レーゼだった。
『……そう、か。いや礼はいらん』
彼はそういって顔をそむける。
私にはそれが、どこか悲しげな表情に見えた。

『イライザと言ったか。お前と契約すればバラミダへ行けるのだったか』
『そのとおりです。そして私は契約しなければ実体を得ることはできません』
そう、今の私は幽体である。ゆえに敵に対してなすすべがなく、逃げるしかなかったのだ。
『ならば私と契約しろ。そして……私をバラミダに連れて行け』


彼はバラミダに何を求めたのか。それは私にはわからない。
ただ、彼は地上にいるのがいやだったのだと思う。
死んだ恋人『エランダ』に今も囚われた彼。
彼の中にはどのような深い悲しみがあるのか。私には想像もできない。
だから――

「私は、いつまでもそばにいます」
「……勝手にしろ」

――私は、大切な彼のためにもあえて人形となろう。
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